くも膜下出血は命にかかわることが多い怖い病気であり、突然死の6.6%がこの病気によると言われています。もともと、くも膜下出血は40〜50代の人に多いとされていましたが、最近、高齢者に増えています。
くも膜下出血の多く(約80%以上)は、脳の血管に知らないうちに出来た「動脈のこぶ」が破裂して出血することによります。この「動脈のこぶ」のことを脳動脈瘤(のうどうみゃくりゅう)と言います。脳動脈瘤は、動脈の一部分が風船のように膨らんでできますが、小さいため、一般に破れるまでに症状が出ることがなく、くも膜下出血を起こすまで気づかれることはまずありません。すなわち、何の前触れもなく、それまでどうもなかった方に、突然に起こることが多いのです。
くも膜下出血の頭痛は、突然起こるというのが最大の特徴なので、いつ頭痛が起こったかと尋ねると、何時、何分に起こったなどと発病した時間がはっきりしているのが特徴です。
脳動脈瘤がある日、破れて出血すると、激しい頭痛が起こります。ひどい時には意識を失ってこん睡状態となり、意識が回復しないまま死亡することもしばしばです。
頭痛はしばしば「今まで経験したことのないような」、「頭が割れるような」、「金属バットで殴られたような」と表現されるような、激しい頭痛のことが多いのですが、実は「人生最悪の頭痛」と表現されるほどのひどい頭痛は25%程度と言われ、実は軽い頭痛のことも結構、多いのです。そこで突然に起こった頭痛では、例え軽い頭痛であっても、くも膜下出血の可能性を考えて、すぐに検査を受ける必要があります。
なぜなら、一旦、くも膜下出血を起こせば、最初の出血で1/3が死亡するのですが、更に、その後に起こる脳血管攣縮(れんしゅく)や再出血(一旦止まった脳動脈瘤の出血が、もう一度、破裂して大出血を起こすこと)などの合併症により、4週間以内に約半数以上が死亡すると言われます。特に再出血を起こして亡くなる方が多いのですが、この再出血は最初の出血から24時間以内が最も多いということが分かっています。そこで「たとえ夜中でも、すぐに病院へ」といわれるほと急ぐ必要があるのです。
片側のマブタが下がる(眼瞼下垂:がんけんかすい)、物が二重に見える(複視:ふくし)と言った症状が急に起こった場合、脳梗塞などの脳卒中や、「くも膜下出血の前ぶれ」のことがあります。
なかでもくも膜下出血の原因である脳動脈瘤が、破裂寸前になると、マブタを上げるのに働いている動眼神経(どうがんしんけい)を圧迫することがあります。すなわち、急に片側のマブタが下がってきた時は、「くも膜下出血」の前ぶれであることがあり、もしそうなら「生命の危険が迫っている」状態ですので、手遅れになる前に医療機関を受診する必要があります。
動眼(どうがん)神経は、眼球を上転(上に向ける)、下転(下に向ける)、内転(内側に向ける)させる筋肉と、上眼瞼(マブタ)を挙げる筋肉を支配しています。そこで、この神経の麻痺が起こると、マブタが下がってきて眼を開けることが出来なくなります。
また動眼神経麻痺が起こると、眼球が上下と内向きに動かなくなるので、物が二重に見える「複視」が起こります。また眼球を外側に向ける外転(がいてん)神経支配の外直筋が優位になり、眼球は外側に向く「外斜視:がいしゃし」の状態になります。動眼神経の一番外側には瞳孔(どうこう)を支配する神経が走っていますので、脳動脈瘤や脳腫瘍などにより神経が外側から圧迫されると、瞳孔が拡がる散瞳(さんどう)をきたします。
それ以外に動眼神経麻痺は糖尿病や動脈硬化のせいで起こることもありますが、この場合は、神経への血管が細くなって循環障害を起こし、神経の虚血性変化が起こるためと考えられています。
脳梗塞は朝起きた時に起こりやすいのです。そこで、朝、起きた時に「手や足がしびれている」、あるいは「力が入らない」と言った症状に気づいた時は、脳梗塞かもしれません
手の症状
足の症状
それ以外に多い症状
―TIAを起こせば2日以内に脳梗塞を起こす可能性が高い。すぐに病院へー
ある日突然、「片側の手足が動かない、しびれる」、「片方の目が見えなくなった」、「言葉が出ない、ろれつが回らない、人の話が理解できない」などの症状が出現。驚いたのもつかの間、多くは10分前後で治ってしまう。それが一過性脳虚血発作(いっかせいのうきょけつほっさTIA)です。
脳の血管が一旦詰まったりして、あるいは脳へ流れる血流が悪くなって、一時的に手足のマヒ・しびれ・言語障害といった症状が起きることによります。
症状はたいてい10分前後で治ってしまうのですが、それで安心してはいけません。このTIAは脳梗塞が差し迫った際の「前ぶれ」であり、脳の血管が詰まりかけて、脳梗塞をおこしかけている時に起こるのです。すなわち緊急性を要する危険な状態であることが分かってきているのです。
TIAを何もしないで放置すれば発症後3カ月以内に10〜15%が脳梗塞を発症し、しかも、そのうちの半数は48時間以内に起きることが分かってきました。
最近の研究によれば、脳梗塞を起こした2416人のうち23%(549人)が脳梗塞を発症する前にTIAを経験していました。そのうち脳梗塞発症日からさかのぼって7日以内にTIAを起こしていた患者が43%(234人)を占め、中でも前日と当日の発症が多かったと言います。
なお「TIAの2〜3割は心臓病が原因で起こっています。これは心房細動などの不整脈から来る心原性塞栓性TIAであり、一度脳梗塞を起こすと通常の動脈硬化などによる非心原性TIAに比べてより重度になりやすいのです。そこで心房細動がある方にTIAが起こった場合、緊急性がさらに高いと考えて、より迅速に対処を行う必要があります。
突然に片側の口の回りと、同じ側の手がしびれた時を口手症候群と言い視床、あるいは橋と言う部分の脳梗塞が疑われます。
全身からの感覚情報が脳へ伝わる途中の中継地点が脳の中央にある「視床:ししょう」です。ここは、脳卒中が起こりやすい場所の一つで、その中では「手」と「口」が広い部分を占めています。それでこの部分に出血や梗塞(こうそく)が起こると、手と口が同時にしびれることが多いのです。
この症状は手口感覚症候群(口手症候群)と呼ばれます。脳卒中と聞くと、手足の麻痺が起こったり、急に倒れたりするイメージがあるかもしれませんが、「手がしびれると同時に口もしびれる」という場合、脳卒中の可能性が高いので、早急に病院で診察を受けることをお勧めします。
突然に意識を失って倒れた場合、そのほとんどは失神(しっしん)と言われるものです。しかし、中には、くも膜下出血、脳出血、脳梗塞、心臓病、あるいは、てんかん発作による場合もあります。
失神とは、急激な血圧低下などにより脳に行く血液が減り、脳貧血が起こって一時的に気を失うことを言います。意識喪失が15秒以上続いた場合、体や手足が痙攣することもあります。一般に、失神では倒れて横になると、脳への血流が元に戻ります。そこで、すぐに意識が戻るのが普通です。
なお、ひっくり返った際に頭を打ったりする場合もあり、打撲により、稀に骨折してしまうこともあります。また、意識を失う前に、一瞬、視野が真っ暗に、あるいは真っ白に見えることがよくあります。
若い方の失神の原因のうち多いものは、副交感神経反射のうち血管迷走反射と呼ばれるもので、これが起こりますと血圧は下がり、脳に十分な血が行かなくなって一時的に意識を失うのです。この反射を起こす引き金としては、恐怖、驚き、強い痛みなどをあげることができます。また、排尿の際、咳発作時、息み動作などでも同様に失神を起こすことがあります。
頚部を走る頚動脈には頚動脈洞という部分があり、そこを圧迫されたり、刺激されたりしますと脈拍が下がって、血圧が低下します。そこで、首を締め付けるような服装、きついカラーによって、あるいは首を回した際などに失神をきたすことがあります。一方、血管の緊張を維持する交感神経が障害されますと、血圧が下がり脳貧血からフーと気の遠くなるような感じを生じます。ひどい時には失神を生じることもあります。そのひとつは、「立ちくらみ」としてよく知られた現象で、立ち上がった際に血圧が下がって脳貧血をきたすもので、これを起立性低血圧と言います。この起立性低血圧は、低血圧ぎみでやせた若い方によくみられますが、それ以外に手足の動きが鈍くなるパーキンソン病、糖尿病による末梢神経障害の方にもよく起こります。
注意が必要な失神の原因
一過性全健忘(TGA)は中年以降に多く、一時的に記憶だけが障害される病気です。発作は突然に起こり、発作中のことを、後で全えていないのが特徴です。通常24時間以内に治ってしまいます。
例えば、銀行にお金を引き出しに行き、帰る途中で、なぜお金を持っているのか分からなくなる。「銀行に下ろしに行ったから」と説明されると一旦、了解するが、すぐ「なぜ、こんなお金を持ってるのか」と同じことを質問してくる。発作が終わった段階で、この間のことを全く覚えていない。 発作中は、言われたこと、目で見たこと、感じたことなどすべて忘れてしまうので、後で聞いてもこの間のことを全く覚えていません。記憶は永久に失われ、あとで回復することはありません。
発作の間、自分が誰かとか、身近な人の名前や自分との関係などは分かっています。またろれつが回らなくなったり、手足に麻痺が起きたりしません。発作中、意識の障害や記憶以外の脳の機能には障害は生じないので、かなり複雑な行為も可能です。車の運転をしたり、物を作ったりといつもと変わりなく行動します。自分がなぜここにいるのか、何をしているのかが分からず、「私はどこにいるのですか」などの質問を繰り返します。状況を教えられても、それを覚えておくことができないため、繰り返し同じ質問をします。周囲の人は、同じ質問を繰り返されて気付くことが多いようです。このように同じような質問を繰り返すのが特徴的な症状です。この一過性全健忘は側頭葉にある脳の記憶に関係する「海馬」という部位の血流が一時的に悪くなって発症すると考えられています。そのため一過性脳虚血発作、すなわち脳梗塞との関連が疑われています。
突然、片眼だけに「黒いカーテンがおりてくるように」、「白っぽく霧がかかるようになって」、「黒い水平線が上がってくるようにして」、「写真のネガのような見え方のようになって」、そして目が見えなくなってしまうというような症状が出現、このような症状が2〜3分の間続いて、普通、数分以内、長くても20分位で元の見え方に戻ります。こういったものを一過性黒内障(いっかせいこくないしょう)と言います。
眼球に栄養を送る眼動脈は、首を通って脳にゆく内頚動脈が一旦、頭の中に入ってから枝分かれし、再び頭の外へ出て目にゆくという経路を通ります。
一過性黒内障を起こす原因としては、ひとつは動脈硬化が起きて狭くなっている動脈の壁部に血栓〈けっせん〉(血液の固まり)が形成され詰まってしまった場合、あるいは血圧の変動(血圧の低下)などをきっかけとして、狭くなった部分より先に十分な血液が流れなくなり、そのせいで眼で必要な量の血流が供給されなくなってしまった際に起こりますが、一番多い原因とは次のようなものです。
動脈硬化が起こって狭い部分が出来ていますと、狭くなった動脈の壁の部分に血液の塊(血栓)が出来やすくなります。そして、なにかの拍子に、内頸動脈〜眼動脈にかけての部分で出来た血栓が血管の壁から剥がれ、塞栓となって先の方の動脈の方に流れて行って、そこを詰まらせてしまう場合で、すると網膜の血行が途絶し一時的に片目が見えなくなるのです。
もしこの動脈の壁から剥がれた血栓が眼動脈の方ではなくて、脳の動脈の方に流れていってしまった場合、脳の動脈が詰まって脳梗塞などの脳卒中を起こし、半身の麻痺や、しびれ、言語障害が起こるという分けです。
この一過性黒内障は、片目が見えなくなるという症状のため、患者さんは最初に眼科を受診することが多いのですが、この一過性黒内障は、内頚動脈系の一過性虚血発作(TIA)のひとつで、脳梗塞の警告症状、すなわち「脳梗塞の前触れ」であることを覚えておいて下さい。
なお、このような症状は、動脈硬化性病変によって、眼動脈から枝分かれして眼底に分布する網膜中心動脈が閉塞した場合にも起こります。この場合網膜中心動脈の本幹での症状は、この一過性黒内障と同じです。一方、網膜中心動脈から枝別れした枝の部分に起こった場合は、視野の全部ではなく、視力障害は視野の一部に起こります。網膜中心動脈が閉塞してしまった場合、普通、1時間以内に血流が改善しませんと、網膜機能の回復、すなわち視力の回復が期待できないと言われています。
このような発作を閃輝暗点(せんきあんてん)と言います。この閃輝暗点は片頭痛の前兆現象(前ぶれ)として現われることが多く、物を見る中枢(視中枢)がある後頭葉(脳の後ろの部分)に血液を送っている血管が収縮し、一時的に血の流れが減少するためと考えられています。前兆を伴う片頭痛では、一般に次のような経過をたどります。
中高年の方で、閃輝性暗点だけあって、その後に頭痛を伴わないような場合は、まれに脳梗塞、脳動静脈奇形、脳腫瘍、あるいは血栓などによる一過性の脳循環障害などが原因で起こっていることがあり、特に脳梗塞の前ぶれの場合があります。
慶応大学病院眼科の大出尚郎医師は、閃輝性暗点だけのときは「脳循環障害が原因で起こる場合があるので注意を」と警告しています。このような発作が起こった場合、一度は脳の精密検査を受けた方が良いでしょう。
複視(ふくし)とは、物が2重にだぶって見える症状を言います。片目ずつで見ると一つに見えますが、両目でみると二つに見えるのが複視の特徴です。片方の眼でだけで見ても、やはり二重に見えるという場合は、いわゆる複視ではなくて、例えば、乱視など眼球自体の病気を疑うべきでしょう。
もともと眼球には6つの筋肉が付いていて、これらの筋肉の働きで、いろいろな方向に眼を動かすことが出来るのです。そして、瞬時に同じ方向を向くという両方の眼球の共同作業があって始めて、物をだぶることなく、はっきりと見ることが出来ます。複視を起こす一般的な原因は、この眼球を動かす筋肉を支配している神経に障害が起こった場合です。神経に障害が起こりますと、そのせいで、筋肉の動きが悪くなり(これを眼筋麻痺と言います)、片側の眼球の動きが悪くなります。すると両眼で物を見るという共同作業がうまくゆかなくなって、複視が起ります。
複視を起こす原因には稀なものを含め、以下のように様々なものがあります。
しかし、最も危険な複視は脳動脈瘤によって起こるものです。これは「くも膜下出血」の前ぶれで、放置すると命にかかわります。そこで、すぐに、精密検査を受ける必要があります。
この場合の症状としては、複視に加えて眼瞼下垂(片方のまぶたが上がらない)というもので、これは眼球を動かす神経のうちでも、動眼神経という神経に接して脳動脈瘤が発生していることを示しています。そして、真っ直ぐ見ている状態で、その方の眼球をよく見てみますと、真ん中にあるべき眼球が下外側によっていますし、眼球を動かした際には、これを内側に向ける(内転)ことができません。そして、瞳(ひとみ、黒目の部分)を見ますと、反対側に比べて大きくなっている(瞳孔散大)ことが分かります。