1970年頃までは、高血圧が危険因子であるラクナ梗塞が脳梗塞全体の約80%を占めていた。しかし1970年代に入ってからその比率は次第に減少し、現在は40%程度になっている。この変化には、過去40年間に起こった脳梗塞に関する危険因子の変化が関係している。ラクナ梗塞の最大の危険因子は高血圧であるが、その減少には降圧治療の普及が関与している。一方、アテローム血栓性脳梗塞の発症には、脂質代謝異常(高コレステロール血症)や糖尿病が関与しているが、その増加を受け、頻度は同じ期間に15%から33%へと倍増した。また、心原性脳塞栓症の頻度も高齢化を反映し、6%から26%に増えている。
脳血管障害、すなわち脳の血管が原因で起こる病気の総称。古くから使われた中風(ちゅうぶう)という言葉の由来は、1世紀頃の中国の古い書物にある「邪風に中(あた)れば撃仆(打ちのめされ)、偏枯(半身不随)となる」という記載が語源であるとされる。その後の時代に使われるようになった卒中と言う言葉は、「卒然として邪風に中る(そつぜんとしてじゃふうにあたる)」、つまり、「突然、悪い風にあたって倒れる」という意味で、卒中の卒は卒倒(そっとう、突然倒れる)すなわち「突然に」の意味であり、中は中毒(毒にあたる)すなわち「あたる」という意味で、脳卒中とは、脳が原因で、突然に、何かにあたったように倒れる病気であるという意味である。英語ではstroke(ストロークstrikeの過去形)と言う用語が使われ、神の手godhandsに、たたかれたようにして倒れる病気という意味である。またapoplexyの語源は、ギリシア語で「殴られて倒れる状態」を意味し、専門医はよく「アポとか、アポった」という用語を使う。いずれにしても、脳卒中は「青天の霹靂」のように「突然に起こる」のが最大の特徴である。
ACT FASTと言うアメリカで始まった脳梗塞の早期発見、早期治療のための啓蒙運動を、日本脳卒中協会が本邦において推奨しているもの。FAST「直ぐに行動に移しなさい」、つまり「早く病院に行きなさい」と言う意味と、3つの症状の頭文字FASとをかけたものもの。FASTのFはface、顔の麻痺、歪み。Aはarm、腕の麻痺。Sはspeech、呂律が回らない、言葉がでない。そしてTはtime、「一刻も早く」という意味である。
CTスキャンで脳梗塞が描出されるのは、発症から概ね24時間経ってからである。従って急性期においてCTで脳梗塞を否定することはできない。しかし、よく観察すると脳梗塞の初期像を捉えることができる場合がある。その初期像(早期虚血サイン)がearly CT signといわれる所見である。CTで正常脳実質を見ると、皮質と深部灰白質(レンズ核:被殻、淡蒼球)は白質よりも常に少しだけ白く(high density)描出される。
DWIは水分子の自己拡散(ブラウン運動)を画像化したもので、それを定量化したものをADC-mapと言う。DWIはT2強調画像(T2WI:T2 weighted image)がベースになっており、T2WIにMPG(傾斜磁場)をかけたものがDWIである。虚血を生じ細胞浮腫が起こると、細胞外腔が狭くなり細胞外腔にある水分子は動きにくくなる。水分子の動きが制限されるとDWIでは高信号(白く)になる。T2WIで高信号が出てくるのは発症6〜12時間以上経過してからであるが、DWIを用いることにより、発症早期の虚血病巣が高信号に描出されるようになった。たとえば心原性塞栓による脳梗塞(心原性塞栓症)では発症30分から1時間程度で信号変化が出現し得るという。なお発症1時間以内ではDWIでも分からないことがある点に注意が必要である。
MRI T2*は脳出血を捉えやすいのが特徴の撮像方法で、出血が黒く写る。過去に発症した出血巣や無症候性微小出血の存在が分かる。
MRI FLAIR画像は、よく水を黒くしたT2強調画像と言われる。基本的には水の信号を抑制したT2強調画像(脳室が黒く見えるT2WI風の画像)であり、脳室と隣接した病巣が明瞭に描出される。ラクナ梗塞に代表される隠れ脳梗塞や血管性認知症にみられるビンスワンガー型白質脳症などの慢性の虚血部位(白色に描出される)、あるいは、くも膜下出血の確認に有用である。
ラクナ梗塞との鑑別が問題となる。血管周囲腔とは髄質動脈の血管拍動の影響により、周囲が拡大した結果生じるもので、穿通動脈や髄質動静脈の周囲に認められる。かつては、くも膜下腔の連続と考えられていたが、現在は軟膜内の空隙の連続と考えられており、病的意義はない。若年成人では殆ど認められず、高齢者や高血圧患者にしばしばみられる。MRI画像所見としては穿通動脈や髄質動静脈の走行に沿う、辺縁明瞭、整形で均質、通常大きさが3〜5mm未満の高信号像(白く写る)。血管周囲腔とラクナ梗塞の鑑別は形、位置のほかに、周囲にFLAIRで高信号を伴う場合はラクナ梗塞、伴わない場合は血管周囲腔を疑うのが一般的である。ラクナ梗塞、拡大血管周囲腔、無症候性脳梗塞について日本脳ドック学会は以下のように規定している。ラクナ梗塞は、T2強調画像やプロトン密度強調画像で、辺縁が不明瞭で不規則な形をした最大径3mm以上の明瞭な高信号を呈し、T1強調画像で低信号を呈する。FLAIR画像では高信号を呈する。プロトン密度強調画像やFLAIR画像では時に中央部に低信号がみられる。拡大血管周囲腔は、辺縁明瞭、整形で均質、大きさが3mm未満、T2強調画像で高信号、T1強調画像で等から低信号、プロトン密度強調画像やFLAIR画像で等から低信号で辺縁に高信号を伴わず、穿通動脈や髄質動静脈の走行に沿ってみられる。
脳梗塞発症急性期に血栓溶解療法を行うための血栓を溶かす薬(血栓溶解薬)がt-PAである。血液中にあるフィブリノーゲン(線維素)が、種々の原因で固形成分のフィブリン(線維)に変わり血栓が形成される。血液中には、フィブリンを溶解させる成分も含まれているが、これがプラスミノーゲン(前駆体)からできるプラスミンである。その作用を増強するのが血栓溶解薬である。1980年代前半に第2世代血栓溶解薬t-PAが開発された。この薬は血栓そのものに作用しやすく、出血傾向は少ないという特徴がある。発症4.5時間以内に、この薬を使って脳への血液の流れ(脳血流)を早期に回復させ、脳を障害から救うのがtPA静注療法(血栓溶解療法)であり、脳梗塞が劇的に良くなる可能性がある。
血流が杜絶後、脳細胞が不可逆的な壊死を起こす前に血流を再開し、脳細胞を救うことが大切であるが、それが可能な時間にはタイムリミットがある(3時間から、せいぜい6時間以内)。一定時間が経過してから閉塞部の再開通をきたした場合、血管が傷害を受けてしまっていれば、脳出血(出血性梗塞)を起こし、症状の増悪をきたす可能性がある。
※2005年10月、発症から3時間以内の脳梗塞に対し血栓溶解薬rt-PA静注療法の有効性が認められ、厚生労働省が使用を承認した。
※発症3時間超4.5時間以内の虚血性脳血管障害患者に対するrt-PA(アルテプラーゼ)静注療法の適正な施行に関する緊急声明(日本脳卒中学会):アルテプラーゼ静注療法の開始可能時間を3時間から4.5時間に延ばすことについて「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」で評価され、2012年8月に保険適用が可能となった。
脳卒中重症度評価スケールのひとつである。各項目ともに点数が高いほど重症度も高くなり最大で42点となるように設定されている。脳梗塞の治療法であるrt-PA静注療法ではrt-PA静注中の1時間は15分ごと、その後は投与開始から7時間(投与後6時間)は30分ごと、その後24時間までは1時間ごとにNIHSSを施行するように管理指針が出ている。
t-PAが無効もしくは適応外で、発症から8時間以内の脳梗塞患者を対象として、血栓回収用デバイスを用いた血管内治療が実施されている。現在、国内では2つの血栓回収用デバイス、「Merci(メルシー)リトリーバーシステム」が2010年10月に保険収載され、その後、複数のデバイスが承認されている。
我が国では、本療法に用いる機器として、2010年4月にMerciリトリーバー、2011年6月にPenumbraシステムが承認され、承認後3年間の全使用例を登録する市販後調査が行われ、その結果の一部が学会等で報告された。
機器1.治療に際しては、薬事承認を得た機器を用いること。本指針策定時に薬事承認されている機器は、Merci リトリーバー、Penumbra システム、Solitaire FRおよびTrevo ProVueで、他にREVIVE SEの治験が実施され承認申請中である。
適応と実施条件 2.治療適応は、個別の医療機器の薬事承認条件に基づくこと。Merci リトリーバー、Penumbra システム、Solitaire FR、Trevo ProVueは、原則として発症8時間以内の急性期脳梗塞において、組織型プラスミノーゲン・アクティベータ(rt-PA)の経静脈投与が適応外、又はrt-PAの経静脈投与により血流再開が得られなかった患者を対象として承認され、機器は内頚動脈・中大脳動脈・椎骨動脈・脳底動脈の再開通を図る目的で使用されている。
頸部頸動脈狭窄症とは、頸動脈分岐部付近の動脈硬化性粥状硬化により血管の狭窄を生じ、その末梢の脳血流量の低下をきたしたり、狭窄部の乱流で生じた血栓が飛んで脳塞栓の原因となる病態である。血管の狭窄度は、血管造影での狭窄度を30〜49%までを軽度、50%〜69%までを中等度、70%以上を高度と分類するものが一般的である。狭窄の程度が強くなると、その後に起こる脳梗塞を予防するため外科的治療が必要となる。
CEAに関しては、欧米を中心に大規模な多施設共同研究がなされ、内服薬のみで治療する方法と(内科治療)、CEA(外科治療)ではその後の脳梗塞の発症予防としてはCEAの方が優れているという結果が出ている。しかしCEAの手術リスクや麻酔のリスクが高い場合、血管内治療による頸動脈ステント留置術が行われる。
頸動脈狭窄症に対し血管の中から狭窄部位を広げる血管内治療。頚動脈の狭窄部分に「ステント」と呼ばれる金属性の網状の筒を留置して血管を拡張させ、プラークを壁に押しつけ安定させる方法である。2008年4月に保険収載された頸動脈用ステントは、「PRECISETM」および遠位塞栓防止用デバイス「ANGIOGUARDTM XP」のシステムのみであったが、2010年2月に頸動脈用ステント「Carotid Wallstent TM Monorail TM」と遠位塞栓防止用デバイス「FilterWire EZTM 」のシステムが追加承認され、器材の選択肢が広がった。なおCAS実施に際しては「関連 12学会承認頸動脈ステント留置術実施基準」に基づいた実施医および実施施設で行うことが定められている。
CASの有効性が報告されたランダム化比較試験SAPPHIRE(Stenting and Angioplasty with Protection in Patients at High Risk for Endarterectomy trial3のinclusion criteriaに従って、50%以上の症候性病変または80%以上の無症候性のアテローム狭窄性病変で、かつCEA高リスクを有する症例が現状では一般的な適応とされている。
TIAは脳梗塞の前兆(前ぶれ)として重要な病態である。TIAは発症直後ほど脳梗塞発症リスクが高いことから、TIAと脳梗塞急性期の緊急度は同等と考えられている。いくつかの臨床研究の結果、TIAを起こした人の15〜20%が3カ月以内に脳梗塞になり、その半数は2日(48時間)以内に発症していることが明らかになっている。そこで近年、TIA を救急疾患としてとらえ、早期診断と早期治療の重要性が強調されるようになった。超急性期から評価及び治療を開始することで、脳梗塞発症リスクを大幅に低減できる。
TIAではABCD2スコアで脳梗塞発症リスクを評価する
以上7点満点。6点以上なら2日以内の脳梗塞リスク8.1%、4〜5点で4.1%、0〜3点で1%。4点以上は入院の必要がある。
心房細動の抗凝固療法の適応を決める際に用い、その脳卒中リスクは、CHADS2スコアで評価する。危険因子であるC:CHF(心不全)、H:HT(高血圧)、A:Age>75(高齢)、D:DM(糖尿病)は、それぞれ1点、S:Stroke/TIA(脳卒中/一過性脳虚血発作)は2点に計算される。合計点をCHADS2スコアという。
突然に新たな記憶が全くできなくなる一過性記憶障害(前向性健忘)の発作。逆向性健忘とは、発症前に起こった出来事を思い出せないものを言う、一方、前向性健忘とは、発症後の新しい出来事を記憶できないものを言う。発作中、自分の置かれている状況が把握できなくなり、周囲に同じ質問を繰り返す特徴がある。たとえば「今日は何日?」「(自分は)どうしてここにいるの?」など。発作中、新たな記憶ができないので、発作が終った後も、その間の記憶は欠落したままとなる。発作持続は6〜7時間程度で、通常24時間以内に消失する。50歳以降に多い。通常一生に一回のみであるが、5〜20%程度に再発がみられる。TGAの病態としてはPapesの記憶回路を含む海馬、大脳辺縁系の一過性代謝障害が考えられている。TIA(海馬を含む脳血管障害)の除外が必要であり、MRIでは発症24〜72時間後に海馬にDWI、T2、FLAIRにて高信号を呈することがあり、高信号は一過性で永続的ではないという(Lancet Neurol.2010;9(2):205-214)。
VB Iの多くはめまいを主症状とすることから、めまい診療では常に留意すべき病態である。VB Iは椎骨脳底動脈の循環障害により生じる疾患であることから、TIA(一過性脳虚血発作)とほぼ同様の病態と考えられ、椎骨脳底動脈系TIAの一種とされている。
厚生労働科学研究費によるTIA研究班によって、TIAの診断基準が見直されることになり、新基準が2013年に公表された。それによると画像所見に関し「梗塞巣などの器質的病変の有無を問わない」ことに変更されている。その理由はMRI 拡散強 調像(DWI)の普及により、症状の持続時間が1時間未満のTIA症例でも脳虚血病巣(脳梗塞)が認められる例があり、DWIで急性期病巣が認められる場合には「DWI陽性のTIA」として区別することが提唱されている。つまり、発症早期のTIAと、急性期脳梗塞とは、その緊急性に変わりがないことから、両者を区別することなく一括したACVSという用語が提唱されている。すなわち循環器領域の急性冠症候群(ACS)にならい、TIAをACVSの概念に包括することが提唱されているわけで、ACVSはACSと同様に緊急性が高い病態とされている。
虚血脳卒中の約4分の1は通常の検査では原因がはっきりしない脳梗塞、すなわち原因不明または原因が特定されない脳梗塞とされ、cryptogenic stroke(潜因性脳卒中)と呼ばれている。潜因性脳卒中の大半は塞栓性脳梗塞と推測され、塞栓源となり得る疾患には、大動脈弁狭窄症、僧帽弁逸脱症のような塞栓源としての関与が明らかでない心疾患、潜在性の発作性心房細動、悪性腫瘍に伴う塞栓症、動脈原性塞栓症、卵円孔開存などが想定されている。
ESUSの診断基準は、虚血性脳卒中の病型のうち、ラクナ梗塞、アテローム血栓性脳梗塞、心原性脳塞栓症を全て除外するため、画像上非ラクナ梗塞であること、脳梗塞近位部の主幹動脈が50%以上開存していること、主要な塞栓源となる心疾患(心房細動,心房粗動,人口弁など)がないこと、そして、その他の特殊な脳卒中の原因(動脈解離など)がないことなどであり、診断に際しては、頭部CTまたはMRIに加え、経胸壁心エコー、12誘導心電図および24時間以上のホルター心臓モニター、脳虚血領域を灌流する頭蓋内外動脈の画像検査が必要とされている。これまでの報告では、ESUSの再発予防には抗凝固薬が抗血小板薬よりも有効である可能性が示唆されている。そこで、ESUSの再発予防における新規経口抗凝固薬(NOAC)の有効性や安全性を検討するために、ダビガトランとアスピリンの優越性を検証するRE-SPECT ESUS試験と、リバーロキサバンのアスピリンに対する優越性を検証するNAVIGATE ESUS試験の2つの大規模臨床試験が現在行われており、ESUS治療の確立に向けた重要な試験として、その結果が注目されている。
脳梗塞患者の中に治療にもかかわらず症状が短時間内に進行増悪する例がみられる。このような経過を示す脳梗塞を「進行性脳梗塞」という。脳梗塞の20〜40%が急性期に神経学的増悪をきたすといわれる。一般に進行性脳梗塞はラクナ梗塞とアテローム血栓性脳梗塞に多く、いずれの病型でも30%前後に起こるとされている。
麻痺、言語障害、しびれなどの症状が一過性に出現、繰り返され、その後、大発作が続発する可能性のあるもの。後に起こる脳卒中発症を防止する治療を早急に開始する必要がある。一般に内頸動脈系のTIAは切迫脳卒中impending strokeとして重要であり、1〜2回の発作でも重視すべきである。
穿通枝とは脳内主幹動脈から分岐した細い動脈であり、その閉塞によって生じるのが穿通枝梗塞(ラクナ梗塞)で、主に高血圧症を背景因子として、穿通枝の脂肪硝子変性(lipohyalinosis)による閉塞が原因と考えられている。画像(CT,MRI)上は直径1.5cm以下の小さな梗塞を認める。
BADはラクナ梗塞と同様に穿通枝の梗塞であるが、穿通枝が主幹動脈からの近傍で閉塞する、つまり穿通枝が根元から詰まった病態であり、その穿通枝の走行に沿って、複数のスライスに渡って、縦方向に梗塞巣が伸びるのが特徴である。穿通枝近位部のプラークすなわちアテローム硬化が原因であり、血管の走行に一致し長く、また長径15mm以上の大きな梗塞を起こす。臨床的には進行性卒中progressing strokeとなることが多い。BADで進行性卒中を呈する場合に、その多くは運動麻痺(片麻痺)の増悪をきたす。これはBAD をきたした穿通枝の灌流領域が錐体路に近く、BADにおいては梗塞巣が尾側方向に拡大することが多く、梗塞巣拡大とともに錐体路を巻き込んでいくことが麻痺の進行と関連していると考えられている。治療開始後の進行例が明らかに多く、ラクナ梗塞よりも治療抵抗性であって、急性期転帰が不良である。アテローム血栓性脳梗塞に基づいて抗凝固療法を行うべきと考えられているが治療法は確立していない。
内頚動脈、あるいは中大脳動脈水平(主幹)部の高度狭窄や閉塞がある場合、血圧低下などを契機として灌流領域の末梢境界部に起こる梗塞である。各動脈分枝終末および境界部における血行力学性梗塞であり、前大脳動脈ACAと中大脳動脈MCA、あるいは中大脳動脈,と後大脳動脈PCA、これらの血管支配領域の中間が最も虚血の影響を受けやすい。無症候の境界域(分水嶺)脳梗塞例では、その心臓側の脳主幹動脈の狭窄・閉塞 を十分に検討する必要がある(グレードC1脳卒中治療ガイドライン2009)
脳出血は高血圧と脳アミロイドアンギオパチー(CAA)が主な原因である。その他、血管奇形によるもの(脳動静脈奇形など)、血液疾患によるもの、脳梗塞や静脈洞血栓による出血性梗塞などによるものがある。高血圧性脳出血は高血圧に起因する小血管病変(細動脈硬化,リポヒアリノーシスなど)によると考えられている。通常は直径 50〜200µm 程度の血管が障害されることによる。CAAは髄膜および脳内の血管壁にアミロイド化した蛋白の沈着を認める疾患で、脳血管にアミロイドが沈着することで血管壁が脆弱化したり、内腔の狭窄、閉塞を生じ、その結果、脳出血や脳梗塞を生じる。それ以外に白質脳症、一過性神経症状や血管炎の原因ともなる。
MRIの進歩によりT2*WIでは小さな陳旧性の脳出血が高い検出感度で確認できるようになり、微小脳出血(CMBs)という概念が新たに提唱されている。CMBsとは破綻した毛細血管から赤血球が血管外漏出する現象をさす。病理学的には漏出した赤血球が血管周囲のマクロファージ内に取り込まれ、ヘモジデリンとして蓄積された状態であり、T2*強調像で円形の点状低信号域として描出される。CMBsは脳出血患者の約60%に、また、脳梗塞患者の約35%にみられ、健常人(約5%)にくらべ明らかに高頻度である。T2*WIでCMBsを有する症例は、脳出血の危険が高まる傾向にある可能性が示唆されている。
MRI T2強調像で斑状〜融合状に白質が高輝度を呈する所見は、leukoaraiosis( 白質希薄化)と呼称されている。病理学的には髄鞘の希薄化を見ており、虚血が関与していると考えられている。ビンスワンガー病は広汎な白質障害を特徴とする血管性認知症の一病型であり、多発ラクナ梗塞性認知症とともに日本の脳血管性認知症の約半数を占める。皮質下血管性認知症に分類され、脳小血管病変を主因とする。広範な白質病変があっても、神経学的な異常を呈さないことは臨床的にしばしば経験する。最近の研究では、白質障害は当初、無症候であっても、進行期には実行機能障害を中心として認知機能障害の原因となることが示されている。このため、最近では広範な白質病変があり軽度の実行機能障害などの認知機能障害を呈するものを、血管性軽度認知機能障害(Mild cognitive impairment:MCI)として扱うことが提唱されている。
40歳以下の若年性脳梗塞は中高年の場合と異なり、動脈硬化や心房細動による場合は少なく、特異な原因によるものが多い。抗リン脂質抗体症候群、ウィリス動脈輪閉塞症(もやもや病)、血管炎や凝固異常、奇異性脳塞栓症(Paradoxical brain embolism)などが原因として知られている。
奇異性脳塞栓症とは静脈系でできた血栓が、卵円孔開存(PFO)や肺動静脈瘻(PAVF)などの右左シャントを通って左心系に流れこみ脳梗塞を生じる病態である。なかでも卵円孔開存は正常成人の10〜18%にみられ頻度が多い。正常では左房圧が右房圧よりも高いため卵円孔開存があっても右左シャントは生じないが、重たい荷物を持ち上げたときやスポーツ、排便、性交などの負荷がかかった際、一時的に右房圧が上昇し、右左のシャントが生じる。この際に血栓が右心系から左心系に移動し脳循環に入ると脳塞栓症を引き起こす(PFO in Cryptogenic stroke Study(PICSS))。
若年性脳梗塞の原因のひとつ。中程度の大きさの動脈に起こる血管症で、25〜30%の例で頭蓋外脳血管に病変を持ち、FMDの患者の7.3%に脳動脈瘤の合併があるとされる。頚部内頸動脈の血管解離の15%には、基礎疾患にFMDがあると言われる。一過性脳虚血発作や脳梗塞、頭痛、眩暈などの臨床症候を有する線維筋性形成異常症については、主幹動脈の高度狭窄病変や解離性病変に対し、血管内治療や外科的治療を積極的に推奨する報告が散見される。日本脳卒中学会 脳卒中治療ガイドライン2009では、線維筋性形成異常症(FMD)の治療には、経時的な画像検査による経過観察と降圧治療が推奨される(グレードC1)。症候性病変に対しては、外科的治療あるいは血管内治療が推奨される(グレードC1)。
血液凝固異常症は、若年者の脳梗塞や原因不明の脳梗塞において比較的高頻度に認められる病態である。このうち抗リン脂質抗体症候群の頻度が最も高く、次に多い凝固阻止因子欠乏症は血液凝固を阻止する蛋白が欠乏するために凝固系が亢進し血栓症を生じる病態、すなわちアンチトロンビンV欠乏症、プロテインC欠乏症、プロテインS欠乏症などがある。
血中に抗リン脂質抗体とよばれる自己抗体が存在し、さまざまな部位の動脈血栓症や静脈血栓症、習慣流産などの妊娠合併症をきたす疾患である。APSの約半数が全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus SLE)などの膠原病に合併し、そのような基礎疾患をもつ場合は二次性(続発性)APSと呼ばれ、基礎疾患(約半数)を持たない場合を原発性APSと呼ぶ。抗リン脂質抗体陽性例のうち、血栓症を合併するものは20〜30%とされており、大部分の症例では血栓症は生じない。しかし、一度発症した症例のうち、半数以上で繰り返し血栓症を起こすことが知られている。全身の血管に血栓が形成されるが、動脈にも静脈にも血栓形成が起こりうるのが特徴であり、動脈系血栓の約90%が脳血管に起こるとされている。一般検査においては、血小板減少(40〜50%)、APTT延長、梅毒血栓反応生物学的偽陽性などの所見、既往に習慣性流産、血栓症の既往があれば、抗リン脂質抗体症候群を疑う。これらの所見がなくとも若年者での脳梗塞やリスクファクターが少ない症例では、抗カルジオリピン/β2GPI抗体、ループスアンチコアグラント、抗プロトロンビン抗体などの検査を行うことがある。静脈血栓症にはワーファリンを使用し、動脈血栓症に対しては少量のアスピリン療法などが行われる。
脳血管は内側から内膜、中膜、外膜の3層で構成されているが、脳動脈解離とは、この血管を構成している膜が裂けることによって起こる。内膜と中膜との間に裂け目が入ると、そこに血液が入り込み血管壁内に「偽腔」を形成、内膜が内側に膨れ血管を狭め、詰まって脳梗塞を起こすことになる。裂け目が中膜から外膜に及ぶと、外側に血管が膨れ「解離性動脈瘤」を形成するが、外膜は脆弱であるため容易に破れ、くも膜下出血を起こす。すなわち、くも膜下出血や脳梗塞の原因となる。マルファンMarfan症候群などの場合や、外傷やゴルフなどのスポーツ、カイロプラクティックによる頸部の回転や捻転が原因となることが多い。症例の約7割では発症時に血管壁が裂ける際の痛み、すなわち解離側の首や後頭部の激しい痛みを訴えるため、これが診断のきっかけとなる。
脳卒中様発作(SE)を特徴とするミミトコンドリア脳筋症のひとつにMELAS(メラス)がある。MELASは血管壁ミトコンドリアの機能不全による痙攣発作、不全片麻痺や半盲などの脳卒中様発作を繰り返す。脳卒中様発作は後頭葉、頭頂葉でしばしば認められ、病変分布が支配領域に一致しないため脳卒中様発作と言われる。
ウィリス動脈輪の進行性の閉塞疾患。内頚動脈の終末部が次第に細くなり、脳の血液不足が起こると、血管から枝分かれした細い血管(穿通枝)が拡張し不足した血液を補おうとするが、虚血を代償するために発達したこの側副血行路が「もやもや血管」として脳底部に見られることが特徴である。小児のもやもや病でもっとも特徴的な症状は、過呼吸時によって誘発される一過性の脱力発作である。過呼吸、すなわち熱いめん類などの食べ物をたべる時のフーフーと冷ます動作や、ハーモニカなどの楽器演奏や、走るなど息がきれるような運動が引き金となって症状がでることが多い。成人のもやもや病は小児と異なり脳出血で発症することが多い。血液不足で発症するもやもや病を「虚血型もやもや病」、脳出血を起こすものを「出血型もやもや病」と呼ぶ。
後天性凝固異常症のひとつ。悪性腫瘍の遠隔効果による血液凝固異常により脳塞栓症をきたすことがある。すなわち、がん細胞が分泌する物質(ムチンやサイトカイン、組織因子)などが血栓の形成を促進することによって、心房内に血栓を生じ、それが血流にのって脳塞栓を引き起こすことによる。最初に報告した医師の名前を取って"トルソー(Trousseau)症候群"と呼ばれている。がんの治療中に発症する脳卒中の約4分の1はトルソー症候群の可能性がある。治療としてはヘパリンやワルファリンを使った抗凝固療法が一般的で、最近では直接作用型経口抗凝固薬DOACが注目されている。
CVTは脳の静脈あるいは静脈洞が閉塞して静脈還流障害により、頭痛(90%)、痙攣(40%)、意識障害(60%)などの症状が出現する。妊娠、産褥、悪性疾患、静脈洞に隣接する耳、乳突蜂巣、副鼻腔の感染、細菌性髄膜炎などから波及する場合などがある。