物を見たときに1つのものが上下、左右、あるいは斜めなどにずれてダブって二つに見えることがあり、これを複視と言います。複視が起こると、たとえば道路の白線が2本に見えたり、クロスして見えたりします。複視は片方の眼球の動きが悪くなって、両眼の視線がずれた時に起こります。
人間は左右の目が常に同じ方向を向いています。見る方向が変わっても左右の目が同時に同じ方向に動くので、正面だけでなく上下左右どの方向を向いても視線がそろっているのが普通です。このように両眼は無意識的に共同運動を行い、左右の眼で見た像が一つに融合することによって、見たものが常にダブらずひとつに見えるのです。
つまり上を見たり横を見たりする際、両方の眼球が一瞬で同じ方向を向くのですが、その際の眼球運動には3つの神経が働いて、眼球の回りにある筋肉を動かしています。それらが脳からの指令を受け、バランスよく働いて左右の視線をそろえているのです。この左右の視線のバランスが崩れると、物が二重に見えます。
眼球を動かす3つの神経とは、1、動眼(どうがん)神経 2、滑車(かっしゃ)神経 3、外転(がいてん)神経です。これらの3つの神経は脳のうちの脳幹部(のうかんぶ)というところから出て、眼球の回りにある筋肉に命令を出しています。このうち、どれかの神経の働きが悪くなると、左右の眼球の動きのバランスが悪くなり視線がずれて、物が二重にダブって見えるようになります。
一番多い動眼神経麻痺について説明します。動眼神経が麻痺すると眼球の上にある上直筋、下にある下直筋、そして内側にある内直筋という眼球を動かす筋肉の動きが悪くなって複視が出現します。このほか、上眼瞼挙筋というマブタを上げる筋肉の働きも悪くなって、マブタが下がる眼瞼下垂(がんけんかすい)が起こります。それ以外に瞳孔(どうこう)を収縮させる神経も、この動眼神経の中を走っていますので、瞳孔がひろがる瞳孔散大(どうこうさんだい)が起こることもあります。
動眼神経の麻痺で最も注意が必要な場合とは、脳動脈瘤(のうどうみゃくりゅう)によるものがあります。たいてい眼瞼下垂(がんけんかすい)、すなわち片側のマブタが下がってくることで気づかれます。これは脳動脈瘤が破裂しクモ膜下出血を起こす「前ぶれ」ですので、急いで医師の診察を受ける必要があります。なぜなら、くも膜下出血を起こすと命を落とすことがあるからです。
それ以外に糖尿病などが原因で起こることもありますが、この場合の動眼神経麻痺では、瞳孔の神経が侵されないという特徴があって、瞳孔の大きさは正常で、左右差(瞳孔不同:どうこうふどう)なく、対光反射は正常です。たいていは3ヶ月ぐらいの治療で治ります。
両眼視機能とは、対象物を左右の目で同時に見ることができて、それを一つのものとして認識でき、かつ立体視を可能とするもので、すなわち左右それぞれの目と対象物との角度のわずかなズレ(視差という)を脳が瞬時に計算し、対象物の立体感、奥行き感を含め、あたかも3D画像のように認識できる機能を言う。
複視とは、両眼で対象物を一つにして見ること(両眼視)ができない状態を言う。その結果、物がダブって、二重に見えることになる。
両目で見たときに複視が現れるのは、両目の視線が一致していないことが原因であり、障害された側の眼球を動かす外眼筋の麻痺、ひいては外眼筋を支配する眼球運動神経の障害が疑われる。一方、片方の目で見たときのみに複視が起こるときは、眼球そのものの疾患や屈折異常(乱視など)が考えられる。
対象物を見た際、両眼の向く方向は、それぞれの眼球周囲にある外眼筋の作用により常に調整されており、その結果、左右の眼の網膜上のそれぞれちょうど同じ位置に像を結ぶ。
複視を生じた場合、健側眼では対象物を中心視野でとらえるが、麻痺側では視線のずれのため周辺視野でとらえてしまうことから、対象物の像が二重に見える。すなわち、いずれかの眼の視線の方向が、他方のそれと、わずかでもずれると、障害眼で見た際の網膜上の像は、健側で見た像のそれとは異なった網膜上の位置に投影され、左右の眼の網膜から別々の異なった視覚情報が入ってくるため、一つに重ならず二つに見える(複視)ことになるのである。
複視の際の虚像は常に障害眼から生じる。障害眼では黄斑から離れた位置に虚像を作るので、虚像は二つに見える像のうち常に外側に見える方の像である。すなわち麻痺側の眼の像(虚像)は常に健側眼の像(真像)の外側に生じる。複視が最大になったところで、どちらかの眼を覆い、二重に見えた像のうちの外側にある方の像が消えるかどうかをみる。すると、どちらが障害眼であるかが明らかとなる。例えば、右目を遮蔽した時に外側の像が消えれば右眼が麻痺側である。
黄斑(中心窩)とは、視神経乳頭の中心から約4mm耳側で0.8mm下方に位置する網膜の浅い陥凹部であり、中心視力を司る視力に最も大切な部分である。
眼球運動を担う外眼筋は、動眼神経、外転神経、滑車神経の支配のもと左右のバランスをとって働く。これらの眼球運動神経のひとつ、もしくは複数の神経に障害が及ぶと複視が起こることになる。
外眼筋のうち上直筋、下直筋、内側直筋、下斜筋は動眼神経が支配する。上斜筋は滑車神経、そして外側直筋は外転神経が支配する。
眼球運動には眼球周囲にある6つの筋肉が関係する。これを外眼筋と言い、上直筋、下直筋、内直筋、外直筋、上斜筋、下斜筋である。
以上の6つの筋肉のうち下斜筋以外の5つは、視神経が眼窩先端部(orbital apex)から出るところを取り巻く総腱輪から起始し、前方に走行して6つとも眼球表面の強膜に停(付着)する。
眼球は眼窩内に固定されているため前後水平の運動はほとんどできず、自ら眼球の中央を中心とした回転運動を行う。眼球運動は常に両眼連動しており、相互支配により常に等しい神経のインパルスを受け、一眼の内直筋と外直筋のように、一方が収縮すれば他方は弛緩することにより視線が一致するようバランスを保っている。
内直筋、外直筋以外の外眼筋の作用は眼球の位置(内転位、外転位)により変化する。眼球の上、下転作用は筋肉の走行や付着部の位置から、外転時には上、下直筋が主作用筋となり、内転時には上、下斜筋が主作用筋となる。また回旋作用も併せ持ち、眼球上部に付着する上直筋と上斜筋は内方回旋、眼球下部に付着する下直筋と下斜筋は外方回旋のそれぞれ作用を持つ。
眼球を鼻側(内側水平)方向に向ける筋肉である(動眼神経支配)。
眼球を耳側(外側水平)方向に向ける筋肉である(外転神経支配)。なお内直筋と他方の眼の外直筋は、側方への眼球運動を行う際、同時に対になって動く。
上直筋、下直筋ともに、眼を上、下に向ける時に作用する筋肉である。上下直筋の作用は眼球の水平方向での位置により変化し、眼球が外転位では上直筋は上転、下直筋は下転作用に、一方、眼球が内転位では、上直筋は内方回旋作用、下直筋は外方回旋作用を果たす。
眼球は外眼筋の起始部(眼窩先端部)より外方にあり、上直筋、下直筋は正面を向いた眼球に対し斜め前方に走行し眼球に付着する。そこで頭部の前後方向の軸に対し眼球が23°外転した位置(すなわち外側を見たとき)において上直筋、下直筋の走行が眼球の垂直回転軸と一致する。すなわち眼球が外転した位置では筋肉の引っ張る方向が眼球の垂直軸に沿うことになって、眼球の上転、下転作用が最大になる。したがって眼球が外転位では上直筋が主な上転筋となる。
なお眼球が内転した位置では、上直筋の作用は外方への回旋作用に変化する。
一方、眼球の外転位では下直筋が強い下転筋となる。なお眼球が内転した位置では、下直筋の作用は内方への回旋作用に変化する。上直筋、下直筋ともに動眼神経支配である。
上斜筋麻痺が起こると、下を見ると複視(二重に見える)が起こるので、階段は登れるが、怖くて降りることが出来ないと言った訴えが起こる。
上斜筋は眼窩の後ろから前の方に、すなわち総腱輪の上面から起始し眼窩の内側壁に沿って走り、目頭(目の鼻に近い方の端)の内側上方にある滑車(繊維性の輪)をくぐったのち外側に方向(眼球の方向)を変え、上直筋の下をくぐって眼球の上面外側寄りで上直筋深層の眼球強膜に停止(付着)する。
上斜筋が麻痺すると患側眼を内転した際、垂直方向の眼位のずれが生じ上下複視が起こる。さらに、多くの例では上下複視に加えて回旋性の複視を自覚する。
上斜筋は収縮すると眼球を内側下方に向ける。主な働きは
上斜筋麻痺のポイント
上斜筋は内転位では眼球の下転作用をもつ。すなわち眼球が51°内転した位置で収縮すると上斜筋の走行が眼球の垂直回転軸に一致し、眼球を後方から引っ張る形になり、下転作用が最大となる。そこで上斜筋は内転している眼の主な下転筋となり、下直筋と協力して眼球の下転に働く。
また眼球の上端を内側に向かって引っ張ることにより、内側に廻旋させる働きもある。このため、この筋の単独麻痺では廻旋性の傾きのある画像のずれ(回旋斜視)、つまり、水平線がずれて見えるような事態が起こる。
上斜筋は内転位で眼球を下に向けて引っ張る働きがあることから、上斜筋が麻痺すると内転位(内側を向いたとき)では麻痺側の眼が上にずれることになり眼球はわずかに上に偏倚する。
上斜筋麻痺の患者は、眼球偏位を少なくし複視を軽減しようと頭を健側に傾け、視線を調節する代償性頭位をとる。逆に頭を患側に傾けると眼球の偏倚は増強される。これをビールショウスキー徴候といい、滑車神経麻痺に特異的な所見である。
下斜筋は眼窩床の前方部、眼窩前縁内側寄りから起始し、眼球の下方を回るように走って眼球の外側後方で外直筋深層の強膜に付着する。6つの外眼筋のうちで唯一、起始が総腱輪からではない。
下斜筋には外方回旋作用のほか、上転および外転作用があり、収縮すると眼球を上外側に向ける。
下斜筋の作用方向は、水平方向の眼球の位置に伴って変化する。下斜筋は眼の内転時(すなわち内側を見たときに)筋肉の引っ張る方向が眼の垂直回転軸に沿うことになり、眼球を後方から引っ張る形になって、眼球の中央を中心として回転させることにより上転作用を果たす。
眼球の内転位では下斜筋は主な上転筋であり、上直筋と連携して眼球を上転させる。一方、外転位では外方回旋作用が強くなる。
眼球が内転位では、上、下斜筋は、それぞれ下転、上転作用であるが、眼球が外転位では、それぞれ内方回旋、外方回旋作用に変化する。すなわち上転作用に注目すると、内転位では下斜筋が、外転位では上直筋が上転作用を担当し、一方、外方回旋作用に注目すると、内転位では下直筋が、外転位では下斜筋が担当することになる。
注視方向は、水平、上下方向、のみならず回旋方向の3軸に対し常にコントロールされている。回旋運動は主に、神経的な反射によって斜め方向の眼位を含むすべての注視方向で、両眼網膜に投影された像の経線(垂直)方向を常に一致させるよう作用している。
もし斜筋がないと、眼球運動に伴って両眼網膜の経線(垂直)方向がずれるため、交差性の視差(複視)を生じることになる。
脳神経は、ローマー数字で表す。
眼瞼下垂、水平方向または下方への眼球偏位、ときに散瞳、対光反射の消失
動眼神経が麻痺すると、外向き以外の3方向(上、下、内)すなわち側方視以外のすべての方向で複視が見られる。眼球の上(上直筋の麻痺)、下(下直筋の麻痺)、そして内側(内側直筋の麻痺)への運動の障害が見られるが、側方視で複視がみられない。その理由は外直筋(外転神経支配)が保たれているからである。なお上下直筋の麻痺の程度にもよるが、上下斜視を示す場合もある。
このほか動眼神経麻痺では、障害の原因により眼瞼下垂(上眼瞼挙筋の麻痺のため)、また神経が外側から圧迫された際には、瞳孔散大(瞳孔を収縮させる副交感神経も動眼神経の成分)、対光反射の消失を示すことが多い。
眼瞼を持ち上げ眼球を観察すると、眼が外方(外直筋の作用による)、かつ下方(上斜筋の二次的な下転作用による)に偏位している。
障害されているのが動眼神経だけなのかどうかを観察するには、まず障害された眼の側方視を調べ、その方向で複視が消失するかどうかで外転神経(外直筋)障害の有無をチェックする。次に滑車神経(上斜筋)については、通常の下方運動は、動眼神経麻痺による内直筋障害により眼が内転できないため検査が行えないが、通常は眼はすでに下方へ偏位しており、さらに下方を見ようとすると、上斜筋が眼の反対側から横向きに引っ張るので、上斜筋が障害されていなければ眼は内方に回転(内捻)する。
動眼神経麻痺では、内頚動脈と後交通動脈の分岐部に出来る動脈瘤による動眼神経の圧迫による場合がある。最も緊急を要する場合がこれで、脳動脈瘤が数日以内に破裂し、くも膜下出血を起こして生命にかかわることがある。
脳動脈瘤の圧迫による動眼神経麻痺では、瞳孔散大、対光反射消失が外眼筋麻痺や眼瞼下垂よりも時間的に先行して生じ、瞳孔は常に障害され散大し、眼瞼下垂が出現するのが特徴である。なお同様の機序の動眼神経麻痺は脳底動脈上小脳動脈分岐部脳動脈瘤で生じることがある。
糖尿病では、神経への微小な血管が閉塞し、その結果、動眼神経麻痺が起こることがあるが、この場合、瞳孔が侵されないという特徴があって、たいていは3月程度で軽快する。
滑車神経が上斜筋に作用すると眼は内下方を向く。滑車神経麻痺では
上斜筋は目を内下方に動かす以外に内向きにねじる(回旋:目の上を鼻に向かって転がるように回す)働きがあり、上斜筋が麻痺すると内向き回旋も同時に障害される。正中位では、眼がわずかに外方に回転(外捻)する。
そこで像がわずかに傾くことから、やや斜めの像を生じる。これを正常の眼の像にそろえるため、患者は障害のある眼と反対の方向に頭を少し傾けた頭位をとる。
明らかな複視は内側下方を見た時に起こる。そのため、たとえば階段を降りる際に踏み段が2つ見え、階段を降りるのが、しばしば困難となる。同様に新聞や本を読んでいる時に複視を自覚することもある。
滑車神経は脳幹部(中脳)内での走行が極めて短く、障害部位としては末梢での障害を第一に考える。滑車神経麻痺が単独で起こることは稀であり、診断上、上眼窩裂や海綿静脈洞に病変がある可能性を考え、動眼神経麻痺と滑車神経麻痺が合併しているかどうかの鑑別が重要となる。動眼神経の麻痺のため眼が外転位をとっているとき、下方をみるように指示する。滑車神経が正常ならばこのとき眼球は回内する。なお眼球結膜の血管に注目するとわずかな回内も確認できる。
内方への眼球偏位、外側への水平注視(外側を見た際)で悪化する複視
眼球を外側に動かす神経、外直筋が麻痺し複視を自覚する。複視は、麻痺側を見ようとすると悪化する。そこで障害側へ顔を向けることによって代償しようとすることがある。
原因としては、脳血管障害、糖尿病、頭部外傷などが考えられる。通常、片眼性であるが、脳腫瘍などで頭蓋内圧が上昇した際(頭蓋内圧亢進)に、両眼性の外転神経麻痺が起こることがある。
複視を診察する際には、まず片眼を遮閉し複視が消失すること、すなわち、それが単眼性複視(眼球由来)か、あるいは両眼性複視(眼球運動障害)かを区別する。
次に片眼を遮閉した際、複像のどちら側が消えたかを確認する。複像のうちの外側の像が消えた方が障害眼である。
続いて、複視が最も強くなる方向が、水平(外側)方向なら外転神経麻痺、縦方向なら動眼神経麻痺、斜め方向なら滑車神経麻痺と見当をつける。
複視が水平性のズレの場合は、左右どちらの側方視でズレが大きくなるかを観察する。たとえば左側方視でズレが大きくなる場合は左眼の外転制限か、あるいは右眼の内転制限が推定される。
垂直性のズレの場合も同様に上下どちらの方向でズレが大きくなるかに加え、頭部傾斜を行い右左どちら方向の頭部傾斜によって正面視の状態と比較しズレが増大するかを観察する。
外転時、虹彩で眼球結膜が隠れれば(白目が残らなければ)正常であり、一方、内転時は瞳孔の内縁が涙点のラインに達すれば正常である。
まず左右で同じ高さにあることを確認する。上転では内、外眼角を結ぶラインより虹彩下縁が上にゆけば、一方、下転では内、外眼角を結ぶラインより虹彩上縁が下にゆけばよい。
眼球の色がついている部分を虹彩(こうさい)、その真ん中にある、通常「黒目」と呼ばれている部分が瞳孔である。
下を見る際には、下直筋と上斜筋の両者が働く。
上を見る場合は上直筋と下斜筋が共に作用する。
外側を見た状態から上側を向く場合は主に上直筋が強く働く。
下側を向く場合は主に下直筋が強く働く。
内側を見た状態から上側を向く場合は主に下斜筋が強く働く。
下側を向く場合は主に上斜筋が強く働く。
複数の眼球運動神経の麻痺では解剖学的に各神経が近接する海綿静脈洞や眼高先端部の病変を考える。また複合神経麻揮に似た症状を示す重症筋無力症や甲状腺眼症も念頭に置く。多発性硬化症は外眼筋麻痺、特に第VI神経障害を主徴とすることがある。
脳神経への血液供給障害は神経の機能停止を引き起こす。微小循環障害による脳神経麻痺は、高齢者の複視の原因として最も一般的な疾患の一つであり、動脈硬化を基盤として発症し、高血圧や糖尿病患者にしばしば生じる。微小循環障害による脳神経麻痺は、糖尿病性動眼神経麻痺あるいは糖尿病性麻痺とも表現されることがある。
糖尿病による脳神経障害としては動眼神経と外転神経麻痺が最も多く、その成因として、脳神経の栄養血管の閉塞による虚血性神経障害であると考えられている。なお症状は突然に出現し、約半数例で眼筋麻痺出現の数日前から麻痺側の眼窩内や眼周囲に痛みが出現する。
糖尿病性動眼神経麻痺では、瞳孔散大はなく対光反射も比較的よく保たれるという特徴があるが、これは、糖尿病性動眼神経障害では、神経束の辺縁は障害されにくく、その部を走行する瞳孔調節に関与する副交感神経線維が障害を免れるためと考えられている。
通常、数か月の経過で複視を残さず軽快する。
外転神経は側頭骨の錐体尖端部で障害されやすい唯一の神経である。乳突炎、中耳炎から錐体骨の瀰漫性の炎症と直上にある錐体静脈洞の炎症が起こることがあり、これはグラデニゴー症候群Gradenigo syndromeとして知られ、第VI、VII、VIIIそして、時に第V脳神経障害の組み合わせが起こる。
乳突炎に続発する横静脈洞血栓症は第VI脳神経障害をきたすことがある。また鼻咽腔、副鼻腔の癌は頭蓋底から浸潤し第VI脳神経障害をきたすことがある。
有痛性眼筋麻痺 painful ophthalmoplegia(頭痛を伴う眼球運動障害)を示す疾患で、海綿静脈洞部、上眼窩裂あるいは眼窩先端部に非特異的炎症性肉芽腫が生じることにより起こる。眼症状に先行して、一側性の眼窩部の持続性の強い疼痛が眼窩後部や眼窩周囲に出現する。海綿静脈洞を走行する脳神経である動眼神経(III)、滑車神経(IV)、三叉神経第1枝(V1)、外転神経(VI)、視神経(II)の多岐にわたる神経障害を起こす。
海綿静脈洞から眼窩深部に及ぶ病変により、眼窩先端部後方の上眼窩裂を通る動眼神経(III)、滑車神経(VI)、三叉神経第一枝(V1)、外転神経(VI)、交感神経や視神経管を通過する視神経など、眼窩先端部を走行する神経が障害され生じる。原因として眼窩先端部に及ぶ急性、慢性の骨膜炎、腫瘍、副鼻腔炎、副鼻腔嚢胞、外傷、内頸動脈瘤、海綿静脈洞血栓などがある。
動眼神経、滑車神経、外転神経は、いずれも脳幹から出て海綿静脈洞を通ってから眼窩に入る。
海面静脈洞血栓症
通常、顔面あるいは副鼻腔の化膿性炎症に合併し、第VI脳神経障害、激しい痛み、眼球突出、眼瞼浮腫などの症状をきたす。
内頚動脈海綿静脈洞瘻(CCF)
海綿静脈洞部で内頚動脈に穴が空き(瘻孔形成)、静脈洞内に動脈血が直接流入するため、洞内圧が上昇し、眼静脈などに逆流が起こる。眼瞼浮腫、拍動性眼球突出、視力低下と第III脳神経障害などにより複視を生じる。
甲状腺機能の異常に伴い、眼球運動障害、眼瞼腫脹、眼球突出などの症状を来すことがある。外眼筋に自己免疫による炎症を生じ、眼周囲の筋肉が腫大することにより眼球運動障害をきたす。したがって甲状腺ホルモンの数値が正常であっても、甲状腺関連の自己抗体が存在すると甲状腺眼症を発症する恐れがある。特に下直筋腫大に伴う上転障害が多く、次に内直筋腫大に伴う外転障害が多い。その結果、上下斜視、内斜視を認める。
複視と眼瞼下垂が最も一般的な症状である。重症筋無力症には眼筋型(全体の20%)と全身型(80%)があり、眼筋型では眼瞼下垂、複視など眼の症状のみを認める。神経筋接合部の障害すなわち自己免疫異常により後シナプス膜のニコチン作動性アセチルコリン受容体に対する自己抗体が生じ、この抗体により神経筋伝達が阻害されて症状が出現する。塩酸エドロホニウム(テンシロン)試験で一過性に症状が改善することが診断の根拠となる。
核間性眼筋麻痺は、水平注視時に眼球内転麻痺がみられるが、輻輳(より目)の際には麻痺がみられないことを特徴とする。片眼性のこともあれば、両眼性のこともある。
内側縦束MLFは脳幹部にある前庭神経核と第3(動眼神経)および第4脳神経(外転神経)核を連絡しており、左右眼球の水平方向、とくに内転方向の運動に重要な役割を果している。その働きにより水平注視時に、一方の眼の外転と他眼の内転との協調が可能になる。
MLFの病変が水平注視中枢から第3脳神経へのシグナルを遮断した場合、患側眼は内転できない。一方、輻輳は水平注視中枢からのシグナルを要しないため、患眼でも輻輳時には正常に内転する。この所見により、輻輳時の内転が障害される第3脳神経麻痺から核間性眼筋麻痺を鑑別できる。
脳梗塞や多発性硬化症が原因で起こることが多い。
急性の外眼筋麻痺、運動失調、腱反射消失を三徴とする免疫介在性ニューロパチーである。多くは上気道系感染後に発症し、1〜2週間進行した後に自然経過で改善に向かうという単相性の経過をとる。髄液蛋白細胞解離などギランバレー症候群(GBS)と共通する特徴を有し、同症候群の亜型と考えられている。
両方の眼球がどちらか一方を向いてしまう現象のことを共同偏視と言う。この共同偏視は、被殻出血(脳出血)の際に生じることが知られており、右被殻出血の場合は眼球は右側へ向き(右共同偏視)、左被殻出血の場合は眼球は左側への向き(左共同偏視)が起こる。
眼部に手拳・膝・野球のボールなどが当たったときに見られる特殊な顔面骨骨折で。複視(物が二重に見える)、眼球陥没(眼の落ち窪み)や、時に頬から上口唇のシビレ(三叉神経第2枝の障害)などを生じる。眼窩壁の鼻側及び下壁(床)は極めて薄い骨でできており、強い圧力を受けると弱い眼窩壁は容易に骨折することになる。骨折部から眼窩内の脂肪組織や眼を動かす筋肉などが、下方では上顎洞、側方では篩骨洞にはみ出すと、眼が落ち窪んだり(眼球陥没)、あるいは、はみ出した筋肉などが引っかかって、眼の動きが悪くなり複視が起こることになる。眼窩底骨折では、上方を向いた際に複視が起こることが多い。
参考書
PATTEN 神経診断学 後藤文夫 監訳 中外医学社(絶版)